カアイソウ


2015-12-05_111112

1991年3月15日、三重県四日市市の富田地区で四日市市立富田小学校の2年(失踪当時8歳)の女の子、加茂前ゆきちゃんが失踪した。

家族構成は両親と3姉妹の5人家族。

車の板金工場勤務の父とパート勤務の母、高校生の長女、小6の次女、そして失踪した三女のゆきちゃんとで暮らしていた。

父親は夜勤を終え、事件当日の朝帰宅。失踪発覚まで熟睡。

学校は卒業シーズンで通常よりも帰宅が早くなっていたいたため、ゆきちゃんの帰宅は14時頃。

その日、ゆきちゃんは友達から遊びに誘われたが、「約束がある」と断っていたという。

同日14時30分頃、パート先の母親が帰宅が遅くなる旨の電話を自宅にかける。

そのとき電話に出たのはゆきちゃんで、「わかった」との返答があった。

15時30分過ぎに次女が帰宅。まだ温かい飲みかけのココアがテーブルの上に置かれていたが、ゆきちゃんの姿はなかった。

この時、外出には忘れず着ていたピンクのジャンパーと愛用の自転車が家に残されたままだったという。

16時30分頃、父親が起床。

ゆきちゃんはいなかったが、遊びに行ったと思い気に留めなかった。

その後、長女が帰宅し父親は夜勤へ。母親もすぐに帰宅した。

そして20時になり、地元警察に捜索願を提出する。

延べ500人もの警察と家族や小学校の教師らで捜索するも、結局見つかることはなかった。

実は失踪当日、数多くの目撃情報が寄せられた。

”学校のジャングルジムで遊んでいた”

”学校横の十四川周辺にいた”

”自宅からわずか15メートルほどの四つ角で、白いライトバンの運転手と話していた”

”学校近くの近鉄・豊田駅にいた”

…しかし、どれも有力な手がかりにはならなかった。

そして、ゆきちゃん失踪から3年。3枚の「怪文書」がゆきちゃん宅に届いた。

この怪文書が届いたことで、事件から20年以上経った今でも語り継がれることとなったのだ。

怪文書の宛名は「加茂前秀行様」。

「秀行」は父親の名前ではないため、間違ったものと思われる。

鉛筆書きの上からボールペンでなぞってあり、漢字、ひらがな、カタカナまじりの文字と暗喩により構成された不気味な文章であった。

以下が怪文書の全文である。

——————————–

■1枚目

ミゆキサンにツイテ

ミユキ カアイソウ カアイソウ

おっカアモカアイソウ お父もカアイソウ

コンナコとヲシタノハ トミダノ股割レ

トオモイマス

股ワレハ 富田デ生レテ 学こうヲデテ

シュンガノオモテノハンタイノ、パーラポウ

ニツトめた

イつノ日か世帯ヲ持チ、ナンネンカシテ

裏口ニ立ツヨウニナッタ

イま ハー ケータショーノチカクデ

四ツアシヲアヤツツテイル

~~~~~~~~~~~~~~~

ツギニ

スヾカケのケヲ蹴落シテ、荷の向側のトコロ

アヤメ一ッパイノ部ヤデ コーヒーヲ飲ミナ

ガラ、ユキチヲニギラセタ、ニギッタノハ

アサヤントオもう。

ヒル間カラ テルホニハイッテ 股を大きく

ワッテ 家ノ裏口ヲ忘レテ シガミツイ

■2枚目

タ。モウ股割レハ人ヲコえて、一匹のメス

にナッテイタ。

感激ノアマリアサヤンノイフトオリニ動い

タ。ソレガ大きな事件トハシラズニ、又カム

チャッカノハクセツノ冷タサモシラズニ、ケッカハ

ミユキヲハッカンジゴクニオトシタノデアル モウ春、三回迎エタコトニナル

サカイノ クスリヤの居たトコロデハナイカ

トオモウ。

○ダッタン海キョウヲ、テフがコエタ、コンナ

平和希求トハチガウ

ミユキノハゝガカ弱イハネヲバタバタ

ヒラヒラ サシテ ワガ子ヲサガシテ、広い

ダッタンノ海ヲワタッテイルノデアル

股割れは平気なそぶり

時ニハ駅のタテカンバンニ眼ヲナガス

コトモアル、一片の良心ガアル、罪悪ヲ

カンズルニヂカイナイ

ソレヲ忘レタイタメニ股を割ってクレル

オスヲ探しツヅケルマイニチ

■3枚目

股ワレワ ダレカ、ソレハ富田デ生レタ

コトハマチガイナイ

確証ヲ掴ムマデ捜査機官に言フナ

キナガニ、トオマワシニカンサツスルコト

事件ガ大キイノデ、決シテ

イソグテバナイトオモウ。

○ヤツザキニモシテヤリタイ

股割レ。ダ。ミユキガカアイソウ

○我ガ股ヲ割ルトキハ命ガケ

コレガ人ダ コノトキガ女ノ一番

トホトイトキダ

——————————–

(原文ママ)

*文中の○は赤いインクで書かれている

 

不気味な怪文書が公開され、大変な物議をかもした。

現在では多くの人がこの文書を解読している。

『売春』『ヤクザ』『薬』…

そんなことが連想できるような表現が多く、

”『ヤクザ』の言いなりになった『富田の売春婦』がゆきちゃん誘拐に関わっている”

と解釈しているものが多いようだ。

しかし、どの解釈も結局は個人の見解でしかないため、怪文書の真意は差出人にしかわからないだろう。

差出人の思惑とはいったい何だったのだろう。

郵送したものなのか、直接ポストへ投函したのかは不明であるが、差出人はゆきちゃんの自宅を知っていることになる。また、手紙の内容から地元住人である可能性が高い。

警察はこの怪文書を単なるイタズラと判断したが、差出人が犯人である可能性はないのだろうか。

それからしばらくして、一家にもう1通の手紙が届けられた。

ダウジングができるという福岡県在住の人物からの捜査協力の申し出であった。

その人物によると、ゆきちゃんは既に他界しており、ゆきちゃんの霊の協力の元、捜査をするという。

さらに、犯人は顔見知りであり、男女二人の犯行(怪文書の内容とも一致してる)であるというのだ。

しかし、三日後、同人物から以下の様な手紙が届いた。

”ゆきちゃんの霊を邪魔する別の霊が現れ、捜査に協力する事は出来なくなった”

以後、手紙が届くことはなかった。

事件から10年以上経った2003年10月。

今度は一家に不審な電話がかかってきた。

若い男の声で、自分の体格や髪型などの特徴を述べた。

この中で「自分の髪型はパンチパーマ」という発言があったのだが、パンチパーマの男というのは失踪当時の目撃情報で出てきた「白いライトバンの運転手」の特徴だったという。

だが、この特徴というのは関係者にしか知らされていなかった。

この人物は一体…?

その電話から10年以上経った今でもこの事件は解決されていない。

信じるか信じないかは貴方次第。

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