切断されたブラック・ダリア


2015-12-05_111045

- マネキン人形かと思った。

発見者はその極めて異常な光景を語った。

マネキン人形かと思った全裸死体は、腰のところで真っ二つに切断されていた。

顔は痣だらけのうえに口が両端から耳まで切り裂かれ、乳房には煙草の火を押しつけられた跡や切り傷があるなど、身体中に残酷な仕打ちが加えられていた。

マネキン人形のように見えたのは、完全に血抜きれた上に丁寧に洗浄されていたからのようだ。

被害者は、当時22歳のエリザベス・ショート。

映画スターを夢見る彼女はハリウッドにやってきた。

しかし、夢は叶わず、娼婦まがいの生活を送っていたようだった。

そして、1947年1月15日、変わり果てた姿で発見される。

エリザベスは漆黒の髪で、いつも黒い服を好んで着ていたという。

このことから映画『ブルー・ダリア』に準えて『ブラック・ダリア』と呼ばれていた。

マスコミがこの愛称に飛びついたため、 彼女は本名ではなく『ブラック・ダリア』として有名になったのだった。

女優志願の美女が半分になって見つかったことで、新聞報道は大いに過熱した。

特に力を入れたのが『ロサンゼルス・エグ○ミナー』と呼ばれる新聞社だった。

彼らは、エリザベス・ショートの実家を調べ上げ母親に電話をし、様々な情報を引き出そうとエリザベスが事件の犠牲に合ったという事を隠しながら話を聞くなど、モラルが問われるような取材を行っていたという。

なお、この新聞社はウィリアム・ランドルフ・ハーストという『市民○ーン』のモデルになった人物の新聞社で、イエロー・ジャーナリズムの急先鋒である。彼の新聞社では、良心があってはやって行けないのだ。

1947年1月15日。

この日の早朝、散歩中の女性が死体を発見し、警察に通報した。

この時は「女性が倒れている」とだけ通報したようで、警察は「酔っ払いが倒れている」と思っていた。

パトロール中の警官に連絡したのだが、この連絡を無線で傍受した新聞記者が先回りし、現場の写真を撮影していた。

その後、ほどなくして散歩中の少年が死体を発見すると同時に警官も到着。

この時、辺りは既に野次馬だらけであった。

そのため、野次馬や記者達の足跡、タイヤの跡で犯人の痕跡は消えてしまっていた。

現場保存が出来なかったことが、後の捜査に多大な影響を及ぼしたと言われている。

検視解剖の結果は、更に驚くべきものだった。

肛門と膣には、なんと人間の皮膚が押し込まれていた。

小片をパズルのように並べると、それは大腿のえぐられた部分であることが判明。

彼女の膣は発育不全で底が浅く、性交は不可能なようだ。

そこで気になるのが臍から恥丘にかけての裂傷である。

性交が出来ないことを知った犯人が腹を切り裂き、ペニスを突き刺したのではないだろうか?

しかし、死体は洗い流されていたため、精液は発見されなかった。

また、胃の中からは排泄物が発見された。

それが犯人のものなのか、それとも彼女自身のものなのかは判らない。

いずれにしても、自ら進んで排泄物を食す者はいないだろう。無理矢理口に押し込まれたものと思われる。

首に紐の痕があることから、死因は絞殺かに思われたが、気道はふさがれていなかった。

結局、胴体を切断されたことが直接の死因と思われた。

そう、つまり、彼女は生きたまま切断されたのである。

捜査は難航を極めた。

軍人専門のクラブでホステスをしていた彼女の交友関係は幅広かった。

前述の通り、彼女は性交が出来なかったので、男たちはいつもおあずけを食らっており、お高くとまった女だと思われていた。

そのため、多くの男たちから恨みを買っている可能性があった。

最後の男はロバート・マンリーというセールスマン。

1月9日、ロサンゼルスのビルトモア・ホテルでその男と別れたっきりエリザベスは行方知れずとなった。

彼女がホテルを出たのをドアマンが目撃していた。それが最後。

その6日後にはノートン通り沿いの空き地で半分になっていた。

エリザベスの発見から1週間が経とうとしていた頃、ビルトモア・ホテル近くのポストから怪し気な小包が回収された。

宛名は”『ロサンゼルス・エグ○ミナー』ほか各紙”とある。

新聞の切り文字で「ダリアの所持品」と書かれ、中にはアドレス帳、名刺、エリザベスの出生証明書、社会保険証、それぞれ違う軍人と撮った写真数枚が入っていた。

アドレス帳は数ページが破られていたが、そうした所持品は全てガソリンに浸され、指紋が消されていた。

”猟奇的な事件の犯人は恐ろしいほどに冷徹な人物である”

というイメージが持たれるようになったのだが、これを機に事件の報道は収束していった。

なぜなら、この所持品送付以降、これを上回る”ネタ”が出てこなかったために、民衆の事件への関心が薄れてしまったのである。

大衆心理として”よりインパクトのあるもの”を求めてしまうということなのだ。

しかし、犯人がなぜ出生証明書や、社会保険証などの個人のプライバシーに関わるようなものを持っていたのか…。

今でも大きな謎として残されている。

ブラック・ダリア事件は、公式には発表されていないが、一説には500人もの人間が自称・犯人を名乗って出頭してきたという。

これが捜査を余計に混乱させていた。

この背景にあるのは、捜査の撹乱ではなく、ただ単純な自己顕示欲だろう。

というのも、報道で犯人の”凄さ”がクローズアップされるからだ。

体を真っ二つにするような残忍な犯行に及んだ人間とは思えないその後の対応。証拠一つ残していないどころか、死体を洗い、更には指紋も消している。それでいて捜査当局を撹乱させるべく所持品を送る…。

殺人犯という枠を超え、ある種の尊敬を集めてしまったのだ。

犯人がどのような人間なのかという点が多く報道されることが、結果として自称・犯人の大量発生に至ったのである。

死体が残されていて、さらに犯人から被害者の所持品が送られてくる。

そんな状況にありながらも、犯人を捕まえることは出来なかった。

その後、犯人からのアクションもなく、事件は次第に迷宮へと向かって行くことになった。

”証拠があるようでない”

これは捜査当局の言葉だ。

死体や所持品があるにも関わらず、そこから犯人に結びつくようなものが何もないというのがこの事件の肝だろう。

それは犯人がいかに冷静であるか、そして犯罪心理や犯罪捜査に精通しているか、という事を物語っているようにも思える。

また、血を抜く、さらには指紋を消すというその手法は、その後の犯罪シーンに於いて大きな影響力を良からぬ形で与えた。

なぜなら、犯人はその手法で警察を欺く事に成功したわけで、同じようにやれば警察を欺くことが出来ると考える人間が登場するのも時間の問題であった。

また、舞台がハリウッドであったという点も大きな注目を集めた要因と言えるだろう。

被害者であるエリザベス・ショートはハリウッドのスターに憧れていた。

それにも関わらず、実際にはハリウッドデビューに向けて何かをしていた形跡は無く、ただ何となく「ハリウッド」という雰囲気に憧れ、その地で働いていただけのようにも受け止められる。

そのことが、ハリウッドの持つ魔力のようなものを多くの人に知らしめる結果となった。

ブラック・ダリア事件を語る際、ロサンゼルス・エグ○ミナーの存在を無視することは出来ない。

犯人はロサンゼルス・エグ○ミナー内部の人間ではないか、と言われるほど、この事件と密接に関わっているのだ。

まず、エリザベスの遺品が送られてきたのはロサンゼルス・エグ○ミナー社である。

また、エリザベスのトランクを発見したのもロサンゼルス・エグ○ミナー社の記者だ。

さらに、エリザベスを特定する際にもロサンゼルス・エグ○ミナーが協力して被害者の指紋をFBIに送るなど、この事件に深く介入している。

報道機関としての側面、そしてジャーナリズムを持ち合わせたマスコミとしての側面。その両面からこの事件に介入していく事になるロサンゼルス・エグ○ミナー。

最大のトピックはロサンゼルス・エグ○ミナーに犯人と思われる人間から届けられた葉書だろう。

それは、

”刑期が10年であれば自首する”

というものだった。

翌日には警察に自首しないという旨の葉書が送られることになるのだが、事件を部数アップの好機と捉えていたロサンゼルス・エグ○ミナーの体制を皮肉り、「自作自演なのではないか」という噂が流れたのも事実である。

その後、この事件は作家の創作活動などにも大きな影響を与えることになり、1987年には小説が、2006年には映画が公開された。

信じるか信じないかは貴方次第。

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