殺人鬼 ゾディアック連続殺人事件


2015-12-05_105708

ゾディアック事件は1968年から1974年にかけて発生した連続殺人事件である。

その犯人『ゾディアック』は全米で最も有名な殺人鬼と言えるかもしれない。

この事件を題材にした映画やドラマなども多数作られており、犯行声明文に書かれていたゾディアックのシンボルマークなどは神戸の酒鬼薔薇聖斗にも影響を与えたとも言われている。

最初の事件は1968年のクリスマスの近い12月20日、カリフォルニア州ヴァレーホのレイク・ハーマン・ロード、通称「恋人たちの小道」で発生した。

午後11時頃、息子を迎えに町まで車を走らせていたステラ・ボルヘスは、道に横たわる人影を見つけた。

”事故か…?”

しかし、あたりを見渡すと、砂利の上で大の字になっているもう一つの人影があった。

”事故じゃない!これは殺人だ!”

直ちに救急車が呼ばれたが、デヴィッド・ファラデー(17)とベティ・ルー・ジェンセン(16)は助からなかった。

事件当日、二人はハーモン貯水湖のポンプ小屋の陰に車を止め互いに抱き締めあいキスを交わすのに夢中になっていた。

すると、突然車のドアが乱暴に叩かれデヴィッドが振り向くとそこには拳銃を持った男が立っていた。

男は車から出るように命じるが、デヴィッドはそれを拒む。すると男はリアウィンドウに1発、左後部のタイヤに1発銃弾を放った。

驚いて外に飛び出したデヴィッドの頭部に拳銃を突きつけ、男は躊躇することなく引き金を引いた。

悲鳴をあげ、逃げるベディは背後から5発の銃弾が撃ち込まれていた。

警察が駆けつけた時、ベティはまだ息があったが、病院に運ばれる途中で死亡した。

犯人が現金も奪わず、ベティを暴行した形跡もなかったことから警察は殺害動機が全くわからず犯人の絞り込みに苦慮することになる。

半年後の1969年7月5日の午前0時40分。

ヴァレーホ警察に一本の電話がかかってきた。

”殺しを二つ教えてやろう。コロンバス・パークウェイを東へ1.6kmほど進んだところにある駐車場で茶色い車を見てみろ。ガキが二人死んでいるはずだ。撃ったのは9ミリのルガーだ。去年湖でガキどもを殺したのも俺だよ、じゃあな”

警察が現場に急行した時にはまだ二人とも生きていた。

マイケル・マギュー(19)は首を撃たれていたが、幸い致命傷ではなかった。

しかし、弾が舌を貫通しており、とても話せる状態ではない。

一方、ダーリーン・フェリン(22)は右腕に2発、左腕に2発、背中に5発も撃たれて瀕死。

救急車で運ばれる途中に死亡した。

やがて話ができるまでになったマイケルが、事件の状況を語った。

”明るい黄褐色の車が僕らの後方に停まった。僕らを尾けているようだった。『誰か知ってる人?』とダーリーンに訊ねた。彼女は答えた。『いいの、気にしないで。何でもないわ』”

また、犯人は丸顔でがっしりした体格、身長は170cmほどで25~35歳。髪は茶色のクールカットであると証言した。

実は、ダーリーンは以前から同じ特徴の男にストーキングされており、4ヶ月ほど前にベビーシッターが白い車に乗った不審な男を目撃していた。

このことをダーリーンに伝えると、

”私を見張っているのよ。だって私、あいつが人を殺すのを見ちゃったんだもの”

と答えたという。

また不審な男はダーリーンの新居のお披露目パーティーにも姿を現していた。

このときダーリーンはひどく怯えた様子で、男をリーと呼んでいたことをダーリーンの妹が覚えていた。

1ヶ月後の7月30日、地元の新聞社「タイムズ・ヘラルド」「サンフランシスコ・クロニクル」「サンフランシスコ・エグザミナー」の3社に犯人からの犯行声明文が届いた。

この手紙で初めて犯人が『ゾディアック』と名乗った。

※ゾディアック=黄道十二宮の意

青いフェルトペンで書かれたその内容は以下のようなもの。

”親愛なる編集者へ。私は去年のクリスマスにハーマン湖で2人のティーンエイジャーを、7月4日にはヴァレーホのゴルフ場近くで女を殺害した。その証拠として、私と警察しか知らない事実を教えてやろう。

クリスマス

1 弾の銘柄はスーパーX

2 撃った弾は10発

3 男は車に足を向けて仰向け

4 女は右手を下に、脚は西向き

7月4日

1 女は柄のスラックス

2 男は膝も撃たれていた

3 弾の銘柄はウェスタン

以上。

同封の暗号文の続きは他2紙の編集者宛に送ってある。貴紙の第1面にこの暗号文を掲載して欲しい。中には私の正体が書いてある。1969年8月1日金曜日午後までに掲載しなかったら、金曜日の夜に殺しのゲームを決行する。週明けには犠牲者は12人に及んでいることだろう”

手紙には署名の代わりに、円の上に十字を重ねた記号が書かれていた。

犯人が大々的に自らの犯行を公表したいと考えていることは明白であった。

警察の要請により手紙は一部のみとされたが暗号文は全文が三誌に記載され、全米がこの大胆な犯人に注目することとなる。

この暗号を解いたのはごく平凡な一人の高校教師であった。

”俺は殺しが好きだ。とても楽しいから森で獣を殺すより楽しい。人間は一番危険な動物だ。殺人は俺にとって最高のスリルで女とセックスするより楽しい。特に楽しいのは俺が死んで楽園に生まれ変わったときそいつらはそろって俺の奴隷になるということだ。俺の名前は言わない。言えばお前たちは俺が将来生まれ変わったときのために今やっている奴隷狩りを邪魔するかやめさせようとするからだ”

脅迫状が掲載されてから約2ヶ月後の9月27日。

ナパ谷のベルエッサ湖畔で食事をしていたパシフィック・ユニオンカレッジの二人の学生が犠牲になった。

ブライアン・ハートネルとシシリア・シェパードの二人である。

彼らの前に突然胸に○に十字のマークを記した覆面男が現れた。

男は左手に拳銃、右手にナイフを持っており、「金を出せ」とブライアンに向かって銃を突きつけた。

震える二人をロープで縛り、ブライアンを背中からナイフで滅多刺しに。

続いて、シシリアの背中も複数回刺した後、今度はひっくり返して胸と腹にもナイフを突き立てた。

そして覆面男は彼らの乗っていた車に黒のマジックで○に十字のマークを書きなぐり、前に行った二件の殺人の日付を記して立ち去った。

その直後、ナパ警察署に電話があった。

”また殺しを2件教えてやる”

急遽警察が駆けつけるとそこには二人の男女が瀕死の状態で発見された。

二人はまだこの時は生きていたが、シシリアは2日後、病院で死亡した。

そして10月11日、ベルエッサ湖畔での事件から2週間という短期間であらたな犠牲者が出てしまう。

犠牲者はポール・スタインというタクシー運転手。

ノップ・ヒルのフェアモントホテルで、褐色の髪をした太った眼鏡の男を乗せた彼は、ワシントン通りとチェリー通りの角で停止したところを男に後頭部へ数発の弾丸を発射され即死。

この後ポールから財布を抜き取りポールのシャツを引き裂いて指紋を拭いているところ偶然通りかかった車に発見されるが、すぐにポレシディオ広場のほうへと逃走した。

この事件の4日後サンフランシスコ・クロニクル誌に犯人からの手紙が届いた。

”俺はゾディアックだ。タクシーの運転手を殺したのは俺だ。その気になれば昨日俺を逮捕できたのに残念だったな。ところで小学生というのはいいターゲットだ。いつかスクールバス一台分皆殺しにしてやろうと思っている。タイヤを撃ち抜いてガキどもがバラバラに出てきたところを狙い撃ちにしてやるぜ”

しかしこの事件でゾディアックは二人の人間に目撃されており、彼らの協力をもとにモンタージュ写真が作成され公表された。

また、公衆電話からもゾディアックのものと思われる指紋が採取され、警察は確実にゾディアックのもとに迫りつつあった。

事件から10日後、オークランド警察署に驚くべき電話がかかってきた。

なんとゾディアックが自主するというのである。

ただし以下の様な条件付きで。

”ジム・ダンパーの朝のTVのトークショーに出演したい。F・リー・ベイリーかメルヴィン・ベリーのような優秀な弁護士をつけてくれるなら自首しても良い”

やってみる価値があると判断した警察は弁護士のメルヴィン・ベリーに弁護を依頼、そしてテレビ局の許可ももらい前代未聞の犯罪者公開番組が成立した。

念のためゾディアックの声を知る3人の人物が招かれ判定にあたることとなった。

そして7時41分、番組が始まり、スタジオに電話がかかってきた。

”去年12月に人を殺してからずっと頭痛に悩まされている。今も頭がガンガンするようだ……”

その声はか細く震えており、別人であると断定された。

スタジオにいたメルヴィン・ベリー弁護士は自首を勧めたがゾディアックを名乗る男は拒絶。

その後二人で会う約束もしたが、結局彼は姿を現さなかった。

ゾディアックと会うことは叶わなかったが、代わりにメルヴィンの元へ一通の手紙が届いた。

その手紙には別人でない証拠にタクシー運転手から斬り裂いた衣服の切れはしが同封されていた。

”俺は自分から助けを求めることができない。俺の中にいるもう一人のあいつがそうさせてくれないからだ。だんだん自分にブレーキがかけられなくなっていくのがわかる。もうすぐ9人目10人目を殺してしまいそうだ。助けてくれ、俺は溺れかけている”

スペルはめちゃくちゃで内容も支離滅裂。

かなり精神的に追い詰められているようだった。

この手紙がゾルディック本人のものであるなら、スタジオの電話ももしかして本人だったのだろうか…?

メルヴィンはこの手紙をサンフランシスコ警察に届けた。

これまでのところゾディアックの犠牲者は死者5名であるはずだが、いまだ知られていない3人が殺されている可能性が浮上したのである。

しかしこの後警察にも手紙が届くようになり「殺したのは7人」「本当は17人殺した」など断続的に1974年まで手紙は送られ続けた。

そして1974年、サンフランシスコ警察へすでに37人を殺害したこと、新聞でもっと大きく取り扱わないと「何かすさまじいこと」をやると書かれた手紙を最後にゾディアックは忽然と姿を消した。

このゾディアック事件はメディアの露出度が大きかったために多くの模倣犯を生んだ。

以後、ゾディアックは連続殺人の代名詞になる。

結局本事件は未だ解決されていないが、IQ136を誇るアーサー・リー・アレンが最有力容疑者として逮捕される。

しかし、後に手紙についていた唾液のDNA鑑定によって「シロ」と断定された。

はたしてゾディアックとは誰なのか…。

2009年、デボラ・ペレスというカリフォルニア州南部に住む女性が「真犯人は私の父」と名乗り出た。

父親は1983年に癌のため死去したとしている。ただしペレスはジョン・F・ケネディの非嫡出子と自称したこともあり、信憑性に欠ける。この証言はまともに受け取られてはいないようだ。

近年では、もう一つの有名な未解決事件「ブラック・ダリア事件」との関連が噂されている。

両方の事件に残されている筆跡が鑑定の結果、一致したというものだ。

特に「e」を抜かして書いたり、微妙な癖が似ているという。

しかも、これは捜査当局しか知らなかった事であり、もしも犯人が異なるというのであれば、一体どのような関係なのか気になるところだ。

 

信じるか信じないかは貴方次第。

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