童謡『グリーングリーン』の秘密

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1967年4月からNHK「みんなのうた」で放送されて以来、日本の国民的ソングとして今ではすっかり定着した『グリーングリーン』。児童合唱団の健康的で、さわやかな歌声と、緑・青空のイメージがよくマッチして、清々しいイメージが曲全体を包み込んでいる。

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原曲はアメリカのポップス 『Green Green』。アメリカのフォーク音楽グループ「ニュー・クリスティ・ミンストレルズ」による1963年リリースのポップス曲。この『Green Green』が数年後に日本語の歌詞がつけられ、児童合唱団のさわやかな歌声でNHK「みんなのうた」となり、日本中に広まったというわけだ。

爽やかさは仮の姿

児童合唱団による歌声とテンポのよい軽快なメロディで見えにくくなっているが、実はこの『グリーングリーン』は、そんなに「爽やか・健全」と手放しで喜べるほど底抜けに明るい詞ではなく、詞の背後には、ある種の哀しみさえ感じられる。

訳詞は片岡輝。歌は7番まで存在するが、これは原詞の翻訳ではなく片岡が独自に作詞したものである。

1番の歌詞は、グリーングリーンの世界観をシンプルに、そして優しく伝えている。パパとボクという登場人物。そしてこれから起こるだろう「喜び」と「悲しみ」について。爽やかなリズムと、強いメッセージ性が融合した、さすが名曲と唸る完璧な導入部分だ。

2番。いきなり涙腺が緩む熱い展開。パパは少年を抱きしめ、悲しい時も泣くなと言う。「悲しい時も」と「泣くな」の間に「ラララ」と入るのも熱い。

3番。ある日少年が目覚めると、悲しい現実がまっていた。そしてここからパパとのやり取りはすべて過去系となる。

4番。パパとの約束を胸に丘に立つ少年について歌われる。爽やかな曲調と、少年の決意が物語を一気に盛り上げる。

5番。ここでパパが遠い旅路についたことが語られる。そしてここで「パパは二度と戻らない」という悲しい真実が語られる。

6番。少年は未来の自分を思い浮かべる。少年はパパから教わった言葉の意味をいつか理解できると信じている。

7番。いつか自分が父親になった時のことを少年は考え、そしてグリーングリーンという歌は完結する。ここで少年は、未来の自分の子供に伝えたいことがあると、はっきりと述べている。きっと今は無きパパから教わった言葉なのだろう。

爽やかな曲調と、少年の成長、そして二度とこないパパと過ごした日々。「パパは出かけた 遠い旅路へ」「二度と戻って来ない」これは何を意味するのだろうか。そして父と子の別れ?それはなぜ?

いくつかの解釈がある。

・反戦歌(作詞時期はベトナム戦争への反戦ブームであり、片岡も戦争経験者で反戦支持だった)

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・なんらかの理由(病気や老衰など)で死亡。

・原詞の再解釈(南北戦争に徴兵された)

・人種差別により無実の罪で処刑された。

・ママと離婚し、パパが出ていった。

通常、小学生の唱歌としては3番までの比較的明るい(軽い)歌詞内容の部分までしか紹介されないが、4番目以降から歌詞内容が急に重くなる。

NHK「みんなのうた」の版(編曲:小森昭宏)では歌詞番号が進むにつれ半音ずつ高く転調(移調)してゆき、歌詞内容と反対に前向きな雰囲気を醸し出す。現実にめげず精一杯生きていこうという応援歌であるとの解釈が一般的である。

本当はママの歌?

片岡の詞ではパパが歌われているが、実は原詞ではパパは一切登場しない。出てくるのはママだけなのだ。どういう意図で「ママ」を「パパ」に変えたのだろうか?

この謎を解くためには、作詞者の片岡 輝氏について触れる必要がある。片岡氏とはどんな人物なのか。

片岡 輝(かたおか ひかる)は1933年中国大連生まれ。少年期を北京で過ごした。帰国後は慶応義塾大学卒業後、TBSに入社し、各番組のディレクター及びプロデューサーを経て、1963年よりフリーとなった。その後は、NHK関係の企画・演出、作詞・訳詞等に携わり、現在東京家政大学家政学部の教授を務めている。

本人が「ママ」を「パパ」に変えた理由をこう述べている。

「・・・そのときふと、日本の歌の中には親子の心を通わせるような、特にお父さんをテーマにした曲はあまりないなぁと思ったんですよ・・・」「・・・全く私の作詞でして、訳詞ではないんです・・・」

片岡氏はとにかくパパが登場する親子の歌が作りたかったということだ。そこへ「ママ」が登場するアメリカのヒット曲『Green Green』が片岡氏の耳に入り、この曲に自分のメッセージを載せてみたらどうだろう、とインスパイアーされたというわけだ。

パパは何処へ旅立って行ったのか?「病死した」「南北戦争に出兵した」「ベトナム戦争に出兵した」「無実の罪で処刑された」などさまざまな解釈が存在している。片岡氏自身は「歌を聴く方の自由な解釈にお任せする」といっているが、片岡氏が考えそうな歌の情景を想像してみるのが一つの方法だろう。

戦場となった中国で幼少期を過ごした片岡氏にとっては、「戦争」というテーマが人生の中で大きな位置を占めているはずであり、成人後の創作活動においても、そのテーマが何らかの形で影を落としていると考えられる。

死地に赴く父、悲しい定めを受け入れざるを得ない息子。仮に戦争ではなくても、いずれは別れの日が必ず来る父子。子にとっても自分の子と別れる日が来ることも避けられない。少年は喜びと悲しみを繰り返し大人になる。そして自分の子供に喜びと悲しみの意味を教える。

『グリーングリーン』はアメリカの曲の衣装をまとった、父子の絆の物語なのだ。

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信じるか信じないかは貴方次第。

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