全て公開されれば歴史が変わる!超ド級の資料、文書が眠るヴァチカンの秘密文書館

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貴重な文書を収めた棚の総延長は84㎞

ヴァチカンのローマ教皇庁にあるヴァチカン図書館は世界でも最古の図書館の一つだ。設立は1448年(日本は室町時代)、時の教皇・ニコラウス5世の時代だとされる。

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この時収蔵されたのは、代々の教皇から受け継がれてきた350点あまりの資料だった。その中には、どれくらい古い時代のものかもわからないヘブライ語の古写本も収蔵されていたという。

以来、ローマ教皇庁では代々の権力者たちとの手紙から、様々な書物までありとあらゆる文書を保管してきた。その数は、文書が7万5000冊以上、書籍が110万冊以上と、信じられないほど膨大だ。

収められたすべて貴重な資料ばかりなのだが、中でも特に貴重なものは図書館とは別に、教皇庁内部にある秘密文書館と呼ばれる場所に収められている。ここに収められている文書も、その数は膨大だ。ただし、秘密文書館と呼ばれているにも関わらず完全な立入禁止ではなく、手続きを踏めば閲覧をすることができる。

今日では、年間1000人ほどの研究者が利用しているという。実態は、先進国ならばどこでもある公文書館に近いが、世界に轟くヴァチカンだけにその規模はケタ違いで、文書を収めた棚の総延長は84㎞に及ぶ。

世界史上貴重な資料が徐々に公開されている

所蔵されている資料のレベルの高さもすごい。地動説を主張したガリレオ・ガリレイの裁判記録、愛を探して王妃と離婚しようとして波紋を起こした英国王ヘンリー8世の離婚の文書、11世紀の教皇の精神的な権利と地上の権利を認めた教皇グレゴリウス7世の勅令など、世界史上重要なものが数多く収蔵されている。

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あまりの膨大な資料ゆえに、全ての整理が行われているわけではなく、何年かに一度、整理が終わった未公開資料の展示会や、出版が行われている。しかし、全ての整理が終わるのは、いつになるかは未だに不明だという。

基本的に、資料の全ては公開する方針で運営されているが、唯一、外交上の理由や各国の政府の情報を保護する目的で、発行後75年を経過しない文書は公開されないことになっている。そのため、現在は徐々に第二次世界大戦の頃の文書が公開されつつある状況だ。2011年に公開された資料の中では、時のローマ教皇であったピウス12世や、アドルフ・ヒトラーがかわした手紙なども含まれていて、第二次世界大戦の新たな情報を提供している。

世界史が覆るような文書も多数眠る!?

また、同じ2011年に公開された文書の中で歴史学者が目を見張ったのは、1246年にチンギス・ハーンの孫のグユク・ハンが教皇・インノケンティウス4世に宛てた手紙だ。この手紙は、モンゴル帝国がキリスト教に改宗する気はないことを示し、教皇および各国の王は、モンゴル帝国を訪れて忠誠を誓うべきだという内容が、トルコ語とペルシャ語で記されているものであった。

当時、いかにモンゴル帝国が強大で、ヨーロッパを震撼させていたかを知ることができる一級の資料となっている。

重要なのは、秘密文書館には同様の、まだ未解明の文書が山のように眠っていることだ。なにしろ、膨大な言語の文書があり、その中にはすでに失われて解読が不可能になってしまったものもある。おそらくは、世界史の常識を覆すような文書も数多くあるのだろうが、それのすべてが明らかになるのは、いつの頃からかわからない。

また、秘密文書館には、第二次大戦中にローマ教皇がナチスのユダヤ人迫害に目を瞑っていたというもの。あるいは、戦後のマフィアとの癒着を示す資料も数多く存在するという。現在、公開すれば大変な騒ぎになるに違いない。

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信じるか信じないかは貴方次第。

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