関暁夫『死海文書の発見と秘密裏に進められた解読』

2016-06-25_060428

都市伝説テラー・関暁夫死海文書の発見と秘密裏に進められた解読について語る。

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予言』。それは未来に起こる出来事を予め言う事。そして、この世界にはもう1つの予言が存在する。

それが『預言』。それは神の意志を預かり、人々に伝える事。この世は神の意志のもとに存在し、世界は神の言葉により導かれる。

今回関暁夫が迫るのはこの世に存在する様々な予言書の原点『死海文書』の謎。

舞台は聖地『エルサレム』。死海文書に描かれた預言と闇に葬られた歴史。約2000年前に予言されたこの世の終末とは何なのか。全ての物語はこの地に眠っている。

1947年。死海の北西部にある『クムラン』と呼ばれる地で、羊飼いが洞窟内ある巻物を発見した。この巻物は後に『死海文書』と呼ばれ、世界を巻き込み、大論争を引き起こす事となった。

死海文書は20世紀最大の考古学的発見と言われていて、そのほとんどが紀元前最後の2世紀ごろの書物と呼ばれている。

その後の発掘調査により次々と発掘された死海文書。小さな断片を含む文書群はその数約900。そしてそのほとんどが古代ヘブライ語によって記されおり、解読は困難を極めた。

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約2000年前の死海と言えば、まさにイエス・キリストが生きたとされる時代と場所にピッタリと当てはまる。つまり、死海文書はキリストの謎を紐解く為の重要な手がかりがあるのではないかと言われている。2000年の時を経て、この世に現れた死海文書。しかし、多くの注目を集めながら、その後の死海文書の解読は当初の予定から大幅に遅れていく。その理由は一体何故なのだろうか。その裏にはバチカンの圧力があったと言われている。

世界最小の独立国家にして世界最大の権力を持つよ言われるバチカン。12億人以上の信者を持つカトリックの総本山バチカンと死海文書を巡る因縁とは何なのだろうか。

キリスト教の成立時期は紀元1世紀初め頃と呼ばれていて、つまり死海文書はキリスト教が成立する以前のものなのである。だからこそ、その内容が明らかになる事が、カトリックにとって都合が悪いという事なのである。

カトリックが恐れていたものとは何なのだろうか。死海文書に詳しい死海写本館館長のアドルフォ・ロイトマン博士に話を聞いた。

ロイトマン博士によると、死海文書の研究が始まった当初、アメリカやイギリス等の研究者だけが集められ、解読作業が進められた。そこにユダヤ人は含まれておらず、死海文書の研究は秘密裏で行われたという。

ここまでは今までも散々言われてきた話。しかし今回は更に奥に潜む秘密に踏み込んでいく。何を隠そう初めに見つかった死海文書が初めて貯蔵された場所がロックフェラー博物館である。

ロックフェラーとは、莫大な財力と権力により、世界を裏で牛耳っているという都市伝説が絶えない、アメリカの実業家一族。そのロックフェラーと死海文書の繋がりに関して、新たな説を関暁夫は唱えている。

実は死海文書の解読に関して、莫大な財力を武器に発掘から解読まで、全てロックフェラーの管理下で行われていたのである。

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続きは『クムラン教団の預言とイエス・キリストの存在』の記事に記載。

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