福澤朗『世界王者だった日本卓球界』

2016-06-25_030938

福澤朗世界王者だった日本卓球界について語る。

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今でこそ、世界卓球で男女ともに決勝に行き、日本の卓球は強くなったと思う人はいるかもしれない。

しかし、若い人は知らないかもしれないが、1950年代、1960年代というのは日本の卓球が世界の頂点だった。中国なんかよりも強かったのである。

それを見た中国は国家ぐるみで卓球に力を入れ始め、その結果、1970年代、1980年代で中国が世界の頂点についたのである。

特に1980年代は中国と日本の力の差が歴然としていて、日本にとってはどん底の時代だった。

そして、このどん底時代に更に拍車をかける出来事が芸能界であった。

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タモリの発言で卓球人口が激減

タモリが当時ゲストに招いた人の趣味が卓球だと聞いて、「あ~卓球って根暗だよね。」という衝撃的な発言をしてしまった。

それ以降、中学校、高校の卓球部員数が激減してしまったのである。

ただ、タモリが悪いわけではなく、日本国内に既にその様なマイナスイメージがあった。

卓球台・ピンポン球の色変更でイメージアップ

日本卓球協会としては、なんとかしてもう一度卓球を盛り返そうという事で、まず明るくしようという事で、卓球台を深緑色から明るいブルーにしたのである。

そして、これがそのうち世界大会でも採用される様になったのである。

更にやがて、白いピンポン球でなく、オレンジ球のピンポン球も登場した。

日本卓球協会が福原愛をバックアップ

更に更に時を同じくして『泣き虫愛ちゃん』こと福原愛が登場し、日本卓球協会はこの福原愛を全面的にバックアップし、ドンドン露出させ、若い女の子達が「愛ちゃんの様になりたい。」と思える様に促したのである。

それが今の石川佳純であり、若い女の子は皆「愛ちゃんになりたい。」と思い、卓球を始めるのである。

これは日本卓球協会がタモリの発言を機に一致団結した結果であり、逆に言えばタモリが日本卓球を強くしたきっかけにもなったのである。

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信じるか信じないかは貴方次第。

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