ジャルジャル後藤淳平『五輪競技の歴史を変えた伝説の一戦』

2016-06-25_030917

都市伝説テラー・ジャルジャル後藤淳平五輪競技の歴史を変えた伝説の一戦について語る。

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この夏、一番の注目イベントと言えばリオデジャネイロオリンピックであるが、日本も数々のメダルが期待される中、注目競技の一つに『卓球』がある。

卓球というのはあ11ポイント先取で決まるが、大体5分かかる。そして1ポイント決まるのに大体4秒かかる。全体の試合で言うと大体10分かからない位である。

そんなスピーディーな卓球であるが、『時間制限ルール』が存在する。11ポイント取る1ゲームに10分以上かけてはいけないというルールがある。

何故、この様なスピーディーなスポーツにそんなルールが設けられたのかと言えば、ある試合がきっかけになっている。

1936年のプラハ大会。ポーランドのエーリッヒ選手とルーマニアのパネス選手。試合開始早々、ラリーが1時間続いた。

どうしてこんなにラリーが続いたのか言えば、昔の卓球は今よりネットが2cm位高く、ラバーも素材が現在と違うので、スピーディーな試合になりにくかった。

そして、エーリッヒ選手もとにかく粘りのプレイで、相手をとにかく疲れさせる戦法に出た為に、1時間もラリーが続いてしまった。

この様な試合では、大変なのは選手よりも審判である。ずっと球を置いお続けていた為、首を痛めてしまい、1時間経った段階で審判が退場してしまった。

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新しい審判が投入されても、互いの選手は意地になっているのでラリーは続き、1時間が経過した頃に2人目の審判もギブアップ。

そこで困ったのは国際卓球連盟である。互いの選手に試合の進行を早めるように頼んだが、選手も意地になっているのでそれを断る。

そして、国際卓球連盟は強硬策に出て、試合中にルール改正をしてしまう事にした。ルール改正をするには委員会を開かなければならないが、委員7人中6人しか集まらなかった。この理由は今プレイしていたエーリッヒ選手が委員の1人だったからである。

6人はエーリッヒ選手抜きにルール改正の会議をする事をエーリッヒ選手本人打診。するとエーリッヒ選手はそれを拒否した為、6人は仕方なく、試合中の卓球台の横で、プレイ中のエーリッヒ選手を交えながら会議する事にした、

議論は続き、3時間半が経過した所でやっとルールが決まった。それが『卓球の試合は1時間以内』というものである。

問題は現在行われている試合。エーリッヒ選手は「ルールが改正される前に試合が始まっているのでそれは適用されない。しかし、仕方がないので次の1ポイントを取った方が勝ちにしよう。」と主張し、他の委員も面倒臭いのでそれで了承した。

そして、ずっと粘っていたパネス選手のもとにエーリッヒ選手は浮き球、つまりスマッシュする大チャンスボールをあげてしまった。しかし、パネス選手はそのチャンスにミスショット。ミスした理由は永遠とラリーを続けていた為、フォームが固まってしまい、スマッシュを打つ準備が出来ていなかったからである。

結果、エーリッヒ選手の粘り勝ちになったという伝説の試合があったのである。

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信じるか信じないかは貴方次第。

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