中田敦彦『幻の日本人ノーベル賞受賞者・鈴木梅太郎』

2015-10-24_223729

やりすぎ都市伝説にてオリエンタルラジオ・中田敦彦(あっちゃん)が紹介した都市伝説。

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2014年に青色LEDの開発した日本人3人がノーベル賞を受賞したのは記憶に新しい。 そして日本人にとって初めてのノーベル賞受賞者は湯川秀樹だと言われている。

しかし実際はどうもそうではないようである。厳密に言えばノーベル賞を受賞してはいないが、ノーベル賞を受賞するべきはずだった人物がいたのである。それが明治末期にノーベル賞を受賞しているはずであった鈴木梅太郎という人物である。

鈴木梅太郎は東京大学、当時の東京帝国大学農学部である病気の治療法を発見したのである。その病気とは脚気。脚気 今でこそ治療法が確立されているが、当時は難病とされていて、結核とともに二大国民病と言われていた。脚気の症状はむくみ、麻痺に始まり、最終的に心臓を止めて死に至る恐ろしい病で、日露戦争における戦死者よりも当時死者数が多かったのである。

そして、それだけ多くの人が発症していた事から当時、脚気は伝染病だと思われていた。しかし、脚気は伝染病ではなく、単なる栄養失調による問題であると発見したのが鈴木梅太郎であった。

更に、脚気の治療に必要な成分ビタミンB1の存在は鈴木梅太郎は発見し、実はこれが人類が初めて、今では当たり前ともされている栄養素であるビタミンを発見した瞬間だったのだ。つまりこのビタミンの発見が多くの人類を救ったのである。まさに鈴木梅太郎は人類にとって、救世主とも呼べる存在だったのだ。

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ではなぜ、これだけの実績を残した人物がノーベル賞を逃したどころか、皆、鈴木梅太郎の存在を知らないのだろうか。

この天才がノーベル賞を受賞していない理由にはある怪しい噂が関係している。の研究結果を、日本語で書かれた論文をドイツ語に翻訳し、学会に発表した所、翻訳した際に大切な部分が抜け落ち、更に誤訳だらけで受賞を逃してしまったのだった。

実はこの背景にはある組織対立が関係していた。西洋医学は基本的にドイツ式医学とイギリス式医学の二大系統に分かれる。日本における西洋医学はドイツ式医学であり、その証拠としてカルテやクランケなど今でも数多くの医療用語がドイツ語が使われている。そして、このドイツ式医学こそが脚気を伝染病と主張していたのであった。

鈴木梅太郎がイギリス式医学に傾倒し、伝染病のはずの脚気を否定し、栄養問題である事を突き止めてしまった。これはドイツ式医学の権威達から見れば実に面白く無い結果であり、鈴木梅太郎の研究発表をドイツ式医学の権威達が邪魔したのではないかという憶測が流れている。事実、鈴木梅太郎はイギリス式医学でもあるにも関わらず、何故か世界に発表した論文の言語はドイツ語なのであった。

そして、その後も鈴木梅太郎の不幸は続き、あろう事か外国人の科学者が後追いでビタミンを研究でノーベル賞を受賞してしまったのであった。

また、鈴木梅太郎には更なる余談が存在する。鈴木梅太郎はある有名な組織の創設者なのである。実はSTAP細胞論文偽造問題で有名になった理化学研究所(通称理研)の創設者なのである。

論文トラブルでノーベル賞を逃した鈴木梅太郎の創設した研究所が論文トラブルを起こすのは因果関係があるのではないだろうか。鈴木梅太郎の怨念がもしかしたら論文トラブルを引き起こしたのかもしれない。科学の闇には人の怨念が広がっているのである。

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信じるか信じないかはあなた次第。

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